中国の「台湾封鎖」のトリガーとなったペロシ下院議長の訪台


中国の「台湾封鎖」のトリガーとなったペロシ下院議長の訪台
―「第二のベルリン封鎖」で日本はどうするー

ペロシ米下院議長の8月2日の台湾を訪問は、結果的に中国に軍事的な台湾封鎖の口実を招いてしまった。
しかも、その軍事演習は常態化する可能性が強く事態は急速に緊迫化している。
その演習区域は日本のEEZ(排他的経済水域)にも食い込み、近い将来、尖閣諸島まで中国軍の演習地域の対象になる可能性も否定できない。

ペロシ議長の訪台前、バイデン米大統領は悪化する国内のインフレを緩和しようと中国とのある程度の融和策を考えていた。
それを踏まえ、習近平国家主席との電話会談を7月28日にしたが、その時にペロシの訪台の断念を説得するよう要求された。

ペロシ議長はその状況を理解したうえで訪台を強行したのである。
米議会では「ウクライナ戦争後は台湾」という危機感が高揚し、今や中国強硬論が闊歩している。
現に、ペロシ議長の台湾訪問は、米議会の超党派でサポートされ、8月3日にはマコネル院内総務ら共和党上院議員26人がペロシ議長訪台の支持声明を発表している。
さらに、8月14日にはマーキー上院議員ら5人の米議員団が14日に訪台し危機が強まっている。
また、11月の米中間選挙の前のタイミングで台湾を訪問することは、半導体や関連産業をあまた抱える民主党議員の選挙区事情もある。

台湾は、世界最大の半導体の生産拠点で、米中とも台湾の半導体なしには工場が稼働できないという「台湾を制するものが半導体を制す、半導体を制するものが世界を制す」という「地経学的」理由が存在する。 
さらに、台湾はアメリカの対中軍事抑止上、一番重要な「第一列島線(沖縄から台湾・フィリピン・インドネシアの諸島群などを結ぶ線)」上の要石とった「地政学的」理由も存在する。
台湾を中国にとられれば、第一列島線を突破して中国軍は太平洋に進出し日米の安全保障上に致命的な影響を受ける。

一方、習近平国家主席は面子をつぶされた形となった。 
8月1日は中国人民解放軍建軍95周年の日にあたった。
しかも、今秋に開催される5年に1度の党大会が近づき、再選を目指す習近平国家主席にとり外交的失点は許されない。
米下院議長は大統領、副大統領に次ぐナンバー3であり、政治的に非常に重みがあった。
1997年にも当時の下院議長のギングリッチ氏(共和党)が訪台したが、当時と比べて米中関係は悪く、中国軍の実力も飛躍的に向上している。今、習近平国家主席にとり、台湾統一は「やるか、やらないか」ではなく、「いつやるか」の問題となっている。

ペロシ議長の訪台を絶好のチャンスと捉えた中国は8月4日から台湾封鎖の大規模軍事演習を実施し、当初の8月7日までの日程を延長し、その後も軍事演習を続けている。
それは常態化されるようであり、いつでも台湾を封鎖しさらには攻撃できるようになる。
過去、中国は日本政府が尖閣諸島の国有化宣言を行ったことをきっかけに、中国海警局の船を尖閣周辺で航行させる活動を常態化させている。

このような台湾危機がエスカレーションする中、米上院では台湾に関する「2022年台湾政策法案」を、今、審議中である。
この法案には、「台湾をNATO非加盟の主要な同盟地域に指定する」内容が盛り込まれている。
そうなれ米国は台湾に集団的自衛権を発動できるようになる。
当然、中国は、この法案の可決前に台湾侵攻を考えるであろう。

「台湾有事は日本有事」(故安倍前総理)となり、中国が台湾封鎖をすれば、第二のベルリン危機となろう。
1948年6月の「ベルリン封鎖」では、ソ連は、西ドイツからベルリンにつながるすべての道路・鉄道・水路を閉鎖し、食糧・石炭・医療用品・生活用品をストップして兵糧攻めをした。
この時、米国は、「陸の孤島」西ベルリンへ6月末より15ヶ月にわたる「大空輸作戦」を実施した。
その間、世界は米ソの全面戦争の恐怖に直面したが、ソ連が譲歩して衝突は回避された。

もし、第二のベルリン危機が台湾で起これば、日本は台湾へ物資を運ぶための集積基地となる。
さらにその時、米国が「ウクライナ型戦争」で代理戦争を行うならば、中国との直接対決をさけるため、自衛隊に物資の空輸を依頼する可能性が高い。
その時、日本政府はどう対応するのであろうか。
また、在留邦人約1万6千人は台湾に取り残されるのか、退避が可能なのか。
さらに、台湾封鎖から台湾侵攻に軍事的エスカレーションが起こった場合、日本はほぼ確実に戦闘に巻き込まれる。
台湾からの邦人退避、沖縄の先島離島からの早期退避、本土の民間防衛への備えが喫緊に講じられねばならない。

現在、日本で米国でも台湾有事のシュミレーションが盛んに行われているが、戦争を回避する手段は講じられていない。
日本政府の取るべき施策は、第一に、日本を戦場としない「戦争回避プラン」の策定であり、第二に、万が一戦争が起きた場合の「損害限定プラン」を作ることである。
そして、第三に、日本が戦場となった場合の「早期回復プラン」の策定である。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です